第四章 夜の散歩道
締切を過ぎたプロジェクトのことが頭から離れない。
湊は布団の中で寝返りを打った。
時計を見る。午前二時。
眠れない夜が続いている。
黒猫は、今夜は来ていない。
昨日も来なかった。
心配する理由はないはずなのに、
どこか落ち着かない。
諦めて起き上がる。
パーカーを羽織って、外に出た。
深夜の街は、昼間とは違う顔を見せる。
コンビニの明かりだけが、やけに眩しい。
自販機で缶コーヒーを買って、公園に向かった。
ベンチに座って、缶を開ける。
湯気が、白く立ち上った。
「みゃあ」
声がした。
振り向くと、三毛猫がいた。
痩せているが、目は生き生きとしている。
「こんな時間に、お前も眠れないのか」
猫は湊の隣に座った。
一緒に、夜の公園を眺める。
街灯に照らされた遊具が、
不思議な影を作っていた。
猫が立ち上がった。
数歩歩いては、振り返る。
ついて来い、と言っているようだった。
湊は缶コーヒーを持ったまま、猫の後を追った。
路地を抜け、知らない道を進む。
猫は迷いなく歩いていく。
小さな神社に着いた。
境内には、数匹の猫がいた。
みんな、思い思いの場所で、夜を過ごしている。
三毛猫は、石段の上に座った。
湊も隣に腰を下ろす。
ここは、猫たちの場所なのだろう。
人間の時間とは違う時間が流れている。
締切も、評価も、期待も、
ここには存在しない。
しばらくして、黒い影が視界に入った。
あの黒猫だった。
他の猫たちの間を、ゆっくりと歩いている。
湊と目が合った。
猫は一瞬立ち止まったが、
すぐに歩き続けた。
まるで、ここで会うことが、
当たり前のことのように。
湊は缶コーヒーを飲み干した。
立ち上がって、来た道を戻る。
猫たちは、誰も見送らなかった。
部屋に戻ると、ベッドの上に黒猫がいた。
いつ入ってきたのか、
相変わらず分からない。
「お前も、あそこにいたんだな」
猫は答えない。
ただ、いつものように目を閉じた。
湊も横になる。
不思議と、眠気が訪れた。
猫たちの聖域で過ごした時間が、
心の中の何かを、静かに鎮めてくれたのかもしれない。